不動産の価格を判断する際に、よく用いられるのが取引事例比較法です。過去に実際に売買された類似物件の価格を参考にして、現在の対象物件のおおよその価格を導く方法であり、不動産鑑定評価の3手法の中でも「市場の実態に近い」結果が得られる点が特徴です。
一方で、単に「近くの物件はいくらで売れた」という情報だけで判断してしまうと、思わぬ誤りを招くこともあります。この記事では、取引事例比較法の基本的な仕組みと、活用のコツ・注意すべき落とし穴について整理します。
取引事例比較法の基本的な考え方
市場原理を反映する方法
取引事例比較法(Market Comparison Approach)は、実際の取引価格=市場参加者が認めた価値という考え方に基づいています。市場で成立した価格は、その時点の需給バランスを反映しており、最も客観的な指標になりやすいといえます。
評価の手順
一般的な手順は次のとおりです。
- 類似する取引事例を複数選定する
- 各事例と評価対象との違い(立地・面積・築年数など)を補正する
- 補正後の価格を比較し、最も妥当と思われる価格を推定する
たとえば、同じエリアで「築浅」「角地」「日当たり良好」の物件が高値で取引されていた場合、築古・旗竿地の物件はその分差し引いて評価します。
活用のメリット
実勢価格に近い評価ができる
実際の取引価格を基にしているため、現時点の市場の相場感をつかみやすいのが最大の利点です。特に、住宅地や分譲マンションなど取引事例が多いエリアでは精度が高くなります。
一般の購入検討者にも理解しやすい
専門的な計算や将来予測を伴う他の手法と比べ、取引事例比較法は直感的にわかりやすいのも特徴です。不動産会社の査定や住宅購入相談でも、最も多く用いられる方法といわれています。
銀行や金融機関でも基準になる
住宅ローン審査や担保評価でも、周辺取引事例を参考に「融資対象物件の妥当な価格」を判断するケースがあります。そのため、金融実務との親和性が高い点もメリットです。
活用の際のポイント
条件の近い事例を選ぶ
比較対象は「できるだけ条件の似た物件」を選ぶのが基本です。立地や築年数が大きく異なると、補正の幅が広がり、正確な評価が難しくなります。
| 比較条件 | 例 |
|---|---|
| 立地 | 最寄駅、距離、周辺環境、用途地域など |
| 規模 | 敷地面積、延床面積、間取り |
| 建物条件 | 構造、築年数、メンテナンス状況 |
| 権利関係 | 所有権・借地権などの違い |
複数の事例を使う
1件だけの取引事例に頼ると、偶然や一時的な事情が反映されてしまう可能性があります。
最低でも3〜5件程度を比較し、平均値や傾向を把握するのが望ましいです。
取引時期を考慮する
地価は時間とともに変化します。半年前と現在では価格水準が違うこともあるため、過去の事例を使う場合は「時点修正(タイムアジャスト)」を行うのが原則です。
落とし穴① 事例選定の偏り
取引事例比較法で最も多いミスが、「比較する事例が偏っている」ケースです。たとえば、再開発エリア内の取引価格を郊外の物件評価に使ってしまうと、実勢より高く出てしまう可能性があります。
また、ポータルサイトに掲載されている「売出価格」はあくまで希望価格であり、実際の成約価格とは異なる点にも注意が必要です。国土交通省の「不動産取引価格情報(REINS)」など、公的な成約データを参照することが望ましいです。
落とし穴② 補正の主観性
立地や形状、建物条件の違いを補正するとき、どうしても鑑定士や査定者の主観が入る余地があります。たとえば「南向きは+5%」「築10年差で−10%」といった補正率は、統一された基準がない場合も多く、評価者によって結果が変わることもあります。
そのため、最終的な判断では複数の査定結果を比較することが重要です。1社の査定に頼らず、異なる不動産会社や専門家の意見を取り入れることで、偏りを防げます。
落とし穴③ 市場の短期的変動
市場価格は景気や金利動向に左右されます。特に2020年代以降は、低金利と投資マネーの流入によって都市部の地価が急上昇した時期もありました。そうした時期の事例を基準にすると、今の相場より高く評価してしまうリスクがあります。
価格が急騰・急落した時期の事例は慎重に扱い、現在のトレンドを踏まえて補正することが大切です。
補助的なデータ活用のすすめ
取引事例比較法は便利な手法ですが、単独では限界もあります。より精度を高めるためには、次のようなデータを併用するとよいでしょう。
- 公示地価・基準地価(国・都道府県が公表)
- 路線価(相続税・贈与税の基準)
- 地価LOOKレポート(地価変動トレンド)
- REINS取引事例(不動産流通機構)
こうした客観的な資料をもとに検証することで、主観に頼らない評価が可能になります。
おわりに
取引事例比較法は、不動産の価値を判断するうえで最も身近で信頼性の高い方法といえます。ただし、事例の選び方や補正の仕方を誤ると、正確な評価から離れてしまうこともあります。
「どの条件を比べて、どんな補正をしたのか」というプロセスを意識的に確認することが、正しい価格判断につながります。市場を客観的に見る習慣を持つことで、不動産取引の失敗を防ぎ、より納得感のある判断ができるようになると思います。